眠りにつく10秒前。

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春はあけぼの

日本とは、なんてテーマが広すぎるわけで、郷ひろみ聴いてりゃいいんじゃないの、と思わなくもない。

なんとなくことの発端に「This Is America」がある気がする。ただあれってそんなにすごい表現なのかしら。Kendrickの2ndとアティチュードはそう変わらない気もするし、あのアルバムだって特に好きなわけでもない自分からすると、MVの視覚的わかりやすさというのは一つあるにしても、ここまでバズってる要因がいまいちピンとこない。

そもそも「HINOMARU」の歌詞に関してあーだこーだ言っている人たちは基本的にRADWIMPSに興味を持っている、或いは持っていた。私はそもそもそんなに興味がない。だから右翼的な表現云々よりも、批判に対する「嫌なら聴かなきゃいい」とか、「そんなに分析して結局RAD好きなんじゃん笑」とか、ディスコミュニケーションを貫くファンの人たちにちょっと辟易した。「結局好きなんじゃん」ってそりゃそうでしょ。批判すべき箇所をわざわざ挙げているにも関わらず、細かいこと言ってんじゃねえよって感情を爆発させてしまうのは、わからなくもないけどちょっと怖い。

そしてやっぱり一番気になるのは「特定の思想はない」という言い方。現政権、今の世界情勢を嘆いた上で自分にとっての日本を表現したかった、みたいなことをTwitterで書いていたし、これもわからなくもない。ただ、特定の思想がないだとか、右でも左でもない、と言いきることが本当に出来るのだろうか。フラットであろうとする姿勢は素晴らしいとは思うが、それは都度傾いてしまうことを自覚し、修正していくしかないという絶望的な真実の前に抗うことであり、常にフラットです、みたいな顔されたらそれは嘘だな、と思う。

個人的に戦争を望む人はほとんどいない、いるとすれば相当な被害者意識の塊を抱えているか、本当に狂人の域に達してしまっている人なんだろう。なので「平和を愛する」という擁護は私にとっては何の意味もなさない。当たり前だから。

こんなことを書いたら、クソ左翼氏ねとでも言われるかもしれない。左翼っぽいのは百も承知なので、それは反省が必要だと思う。しかし対話を断つ姿勢には嫌悪感がある。そんなに頭が悪いわけないじゃん。世間一般で考えた時に、歴史を踏まえて考えた時に、気持ち悪いと思う人が全くいないわけないじゃん。それを嫌なら聴くな、なんて幼稚なことを言わないでほしい。別にあの曲を聴いて感動している人の感性を否定してはない。あなたたちは逆に批判している人の感性を否定している。「頭がおかしい」とか、馬鹿げてるよ。

私は忌野清志郎PIZZICATO FIVEがとても好きだけれど、「君が代」を歌ったりはしないで欲しかった。彼らはパンク=意味を無化させていたわけだが、絶対に真似をする人たちが現れるから。真似をする大体の人たちは彼らより真面目だ。だから意味を持たせてしまう。言葉には意味がある。その恐さを詩人は常に意識していなくてはならない。ただ、前衛芸術が勢いを増す背景には悲惨な現実が付き纏うもので、右翼だ左翼だ、傾いてしまっているものに私たちの感性が刺激されてとやかく言いたくなる現状はまだまだ平和ボケなんだろう。

夏が来る。この世が熱く煮えたぎってしまう前に私たちはほかの惑星に移住するのだろうか。デッカードよろしく、地球の絶望を受け止めきれずにのたれ死ぬのか。そんなもんは神のみぞ知るだ。とりあえず平成最後の夏に私は貯金を頑張る。未来のために。それに比べたら日本がどうだこうだなんて机上の空論は死ぬほどどうでもいい。だから批判されても知ったこっちゃない。推敲なんてする価値もない。ちっぽけでかわいい生活。戦争に反対する唯一の手段。

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