眠りにつく10秒前。

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かめざんまい

コクトーみたいなマルチタレントは別として、映画監督や音楽家、俳優など、文筆を本業としない作家の関連本って普段あんまり買わない…。でも大林宣彦監督と幾原邦彦監督に関しては気になって読んじゃう、悔しいっ。

最近の脳トレ?として幾原監督の新作『さらざんまい』について考えてます。考察って言うけど作品観てないからただの予測よな。Twitter覗くと結構出てきますね。なんとなくそれっぽいかなぁというのは、

芥川龍之介「河童」(「浅草公園」もあるかも)

・カワウソが河童になるって昔話

・∞的なマークは手錠?

・さらざんまいとびんざさら舞をかけてる

・「あ」に丸→余る、アニマル

この辺りはありそう〜。

主要人物らしい二人の警官がどう物語に絡むのかは謎。監督の世代的に『がきデカ』とか『こち亀』のイメージなんですかね。

手錠のマークぽいやつの丸が三つ、ピクトグラムが三つということで主要人物はまた三人なのかな?警官二人はレオとマブという名前なので、マブはマブダチのマブ?レオは映画の『レオン』?だとすると女の子でも拾ってくるのかしらん、とか考えてたらスピンオフの漫画にマジで赤ちゃん出てきて笑いました。本編に絡むのかはわからんけど、BLに赤ちゃんって…いいよね^^(強迫としての顔文字って…いいよね^^)。

『レオン』がホントに元ネタだとするとレオは河童側なのかな〜。

警官といえば銃なので、銃も重要なアイテムになりそう。フロイドの『The Wall』に続いてザ・フーの『Tommy』とか出てきちゃったりしないかしら。

とかとか色々妄想は膨らみまくり。結局、当たってようが外れようが、一番観たいのは演出なので、邪推なんですけど。

あと誰も言ってないぽいから多分外れかな〜と思うのは、

・∞手錠マークって五輪ぽくね?

・「その河を渡れ」→イムジン河…?

・オリンピック?朝鮮?在日?

テーマデカすぎ笑。と笑いたいところなんですけど、タブーに触れてきた監督ならやりかねない気もする…『ユリ熊嵐』のモチーフとも重なるし…。

それにしても、びんざさら舞とかちょっと大林監督ぽくないですか?正直、幾原監督が好きになったのって大林監督と近いと思ったからなので、何が言いたいかというと、ただ嬉しい!ってだけです。

ともかくとにかく、お二人の新作を首を長くして待つ毎日。幸福〜。

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覚醒までの10秒前。

父親に詰られる。

笑いながら。

"子供の頃の夢にしがみついて生きてるんだろう"



真っ白い空間。

恋人が父親に強姦されている様を、後ろ手を縛られた状態で見せつけられる。



暗い夏の日暮れ時。大きな空砲。

空を覆う色とりどりの花火。恐怖を感じる。

花火はやがて地上に降り注ぐ。弥生美術館が崩れてゆく。瓦礫の雨の中、髪を振り乱した女の球体関節人形と目が合う。瞬間、燃え盛る火。反射でガラスの眼玉が潤む。無数の炎は真っ赤なビー玉と姿を変える。

母が火事により下半身不随となる。蝉の鳴き声のうるさい、やけにセピアがかった病室。動かないカーテン。私は泣き崩れる。長い脚をミニスカートから覗かせた、ショートヘアの若い看護婦の言葉。

「本当はこうしたいんでしょう」

蝉の鳴き声は消え、視界は真っ黒な画用紙。花火の音と共に、万華鏡のように彼岸花が現れては消える。



薄暗い教室。夕陽が斜めに影を作る。

恋人や、恋人の妹に本を数冊贈られる。矢川澄子、ガルシア=マルケス、『春のめざめ』、フランスのノワール小説、シュトルムの未公開詩篇等。感激を覚える。



赤、赤、赤で埋め尽くされた洋館。まるで巨人の家のよう。

私達はみな子供だった。ドレスで着飾ったり、本物の海賊の装束で暴れまわったりしていた。衣装は様々で、共通するのは毛皮が施された仮面だけ。同期して、チェス盤の上で理路整然と動く精巧な造りの椅子たち。

男の子の持っていた斧が落ちる。音はしない。絨毯の上。誰かが叫ぶ。「水漏れだ!」私達は声の方へ吸い込まれてゆく。 

巨大な窓が開かれる。誰の手によるものでもなく。目に飛び込んできたのは青空だった。地上はない。そして、滝のように激しい放物線を描く雪解け水。ここから産まれるのだという、確信に満ちた気持ちがしみじみ湧いた。シンメトリックな双子の虹の間、空の高い高いところで、小さく花火が上がっていた。



マッチ棒を傾けて遊ぶ。

火はジリジリと指先に近づいてゆく。

剥がれた壁紙の代わりに、僕たちのロックスター、セックスシンボル、聖書が覆う。

「情熱を傾けるべきかどうか」という友人たちの押し問答。

網膜にはりつく熱。ぼやける視界。君の顔はよく見えない。前髪が重くなってゆく。

暗転。明るいロビーのようなところ。汗を吸ったシャツがいやに冷たい。足元に溢れている黒いビー玉。何かを諦めた音が硬く美しい。

ビー玉を拾い上げて、白いワンピースの女の子は鼻先に近づける。指で硝子の音を楽しみながら(足元で鳴っているそれよりも、高く澄んだ音だった)。

「夏の花の匂いがするね」



本、座椅子、鍵など、自室にあるものが巨大化して暗闇で回転している。迫ってきて、押しつぶされそうになるが、その実、私はその物体の中にゆっくりと取り込まれる。やがて、異物として勢いよく押し出される。

宇宙空間の中で太陽となって全てのものを繋ぎとめているものは電車だった。私だけがその引力の恩寵を受けられていない。電車の中で誰かが手を振った。応えなければならない気がした。思ったように身体が動かないので、必死に手を振り返した。車窓から注がれる光が増してゆき、白だけが残る。



レディースコミックの編集者と会う。私は新人作家としてダメ出しを受けていた。目にかかる前髪を気にもせず、彼は意見を続ける。

「あなた方作家の狭い了見によってレディコミの可能性は閉じられ、売れ行きが下がる一方なんだ」と憤慨される。レディコミの売れ行きが右肩下がりとは初耳だった。

気を落として家路につく。外はもう薄暗かった。温い空気が気持ち悪い。はやる気持ちで足早に歩いていたら、柄の悪い男にぶつかってしまった。

夏だというのに黒のスーツ、ネクタイで決め、ポマードでガチガチに頭髪を固めたその出で立ち。また、口調からもチンピラそのものだった。

男はがなり立てる。滑舌が悪いのでよく聞き取れない。何も言い返せず、ただおどおどしていると、男は私の手首を掴んだ。骨が痛い。周囲の人々は遠い目で見るばかり。血の気が引いた。

遠くなっていた意識を私の身体に引き戻してくれたのは、編集者の彼だった。彼は男から私を引き離すと、手を引っ張って一緒に逃げてくれた。今度は手首は痛くなかった。

地下鉄の階段前まで来ると、彼は呼吸を整え、私を叱った。「ぼんやりしているからこういう目に遭う」云々。私は「まるで漫画だな」とぼんやり考えていたが、そんなことを口に出したら、ふわふわと浮かんだ吹き出しを怒号で吹き飛ばされそうだったので、黙って彼のお節介に頷くしかなかった。



外食に出かけた。中華店。ウェイター達が忙しなく歩き回っている。聞き取れない声が飛び交う。中国語だろうか。店の外では、烈火のごとく走る自動車がストライプ模様を作っていた。

濃い化粧をした男性ウェイターが料理を運んでくれる。エビチリを頼んだはずなのに、皿の上には煙草の吸殻だけが載っていた。友人は手づかみで吸殻を掴み、「結構イケるよ」と平気な顔をしている。

「正気かよ」と思いつつ、自分も恐る恐る口に運ぶ。しょっぱい味がした。噛みきれない紙の食感が気になったが、食べられないことはなかった。しかし、二度目は駄目だった。口に含んだ瞬間、苦味が広がって吐き気がした。涙目になって机に項垂れた。毒々しい真っ赤な床を恨めしく思った。



観客のいない小劇場。舞台の上には小道具はなく、役者を照らすスポットライトだけ。役者は自分と男が一人、そしてピンクのカーディガンに白いスカート、ショートヘアの女性。女性は客席を背にしており、こちらからも人相はうかがえない。が、背中にA4サイズのコピー用紙が貼られている。そこには「桃井」の文字。

長い沈黙の後、男が唐突に言った。

桃井かおりの言いなりにはなるな」

初恋の容疑者

お元気ですか…

風邪なんか引いてませんか…

遊んでますか…

勉強してますか…

いっぱいお仕事してますか…

ステキなボーイフレンドいますか…

ステキなガールフレンドいますか…

友達を大切にしてますか…

いっぱい恋をしてますか…

旅に行きましたか…

おいしいものをたくさん食べてますか…

手紙、書いてますか…



「明菜から…。」いつ聞いても滲みますね。三点リーダって明菜様のためにあるんですね。LP盤の帯に""とあって、「どこだよ、中古だからないんじゃねぇの?」と必死に探したんですけど1トラック目のことだったんですね。あるある、ですね?はい。

夏といえば恋らしいですね。恋が実り、秋に愛が深まるのです。昔の雑誌に出てきそうな文句ですが…。私はまんまとエアコンでお腹を壊し痔をこじらせています。ロマンのはじまりのかけらもないんだね。これだから三次元は嫌さぁ!(語尾を上げよう)

このままではカピカピに干上がりそう…そうだ、心のビタミンを摂ろうぜ、ということで甘酸っぱい?初恋の話を書き殴ります。



初恋といっても、子供の頃の私は同年代の子を好きになるタイプではありませんでした。鍵を忘れて家に入れなくて、隣のお姉さんが家に上げてジュースを飲ませて慰めてくれたことがあったんですが、それが初恋といえば初恋だったかもしれない。優しい人でした。

でもそんな美談聞きたかねぇよ、って話じゃないですか。お姉さんだって外でガキがうるさいからとりあえず黙らせようと思っただけかもしれないし、お姉さんというのはあなたの想像の産物ではとか思われるわけじゃないですか。ポストトゥルース的に考えて。

美しい思い出をこれ以上汚されないためにも、疑心暗鬼に陥った現代人の皆さんのためにも、出典先がヒットしやすい例を挙げることにします。二次元の恋人です。



「若きヨウセイクンの悩み」篇


7つか8つになる年、私は異端者の烙印を押され、故郷の森を追い出されるような形で旅に出ました。唯一自分の味方でいてくれた幼馴染の美少女とも離ればなれ。

案内役は付いてくれていましたが、ハエみたいな子だったので、心安らぐ相手ではありませんでした。モンスターとは戦わされる。自分を守らなければならないお姫様からはパシリ扱い。世界の果てを見せてあげようとする色黒のおっさんはマウントかましてくる。イタズラした鶏に半殺しにされる。それはそれは辛いものでした。

「逃げ出したい」「逃げちゃダメだ」私の精神は引き裂かれていました。故郷にはもう戻れない…いじめっ子の門番がいる…何度斬りつけたことだろう…奴は死なない不死身の身体…あいつが旅に出ればいいのに…。心はもうドナドナ。鉛の足を引きずり、あてもなく歩いていると、皮肉にもそこは牧場でした。

円盤が不時着しそうなほど美しい草原。そこは故郷の、静謐でありながらいかがわしくもある自然そのものの森とは似て非なるものでしたが、生やさしい安らぎを求めていた私にはうってつけの場所でした。耳をくすぐる風の音。土と草の匂い。数分か数時間か、時間の感覚を忘れて、私は草原に身を委ねていました。ヘイヘイ口うるさいハエの声はもう聞こえない…広がる空と大地を抱きしめてこのまま消えてしまいたい…。

ふと風が歌い出しました。この世のものとは思えない天使のソプラノ。夢に見た天国からの迎えかと、耳を疑いました。身体を起こすと、人影が見えます。白いワンピースに栗色の長い髪。子馬と無邪気に戯れる少女。それが彼女でした。

奇異な格好をした私を彼女は「ヨウセイクン」と呼びました。その気さくでくすぐったい愛称は、旅に出て以来、がんじがらめになっていた私の心を、いとも簡単に解きほぐしてくれました。幼馴染の母性的な包容感はありませんでしたが、見ず知らずの彼女との対等な関係は気安く、かつ尊いものであるように思われました。

牧場は彼女の父親ではなく、雇われ人であるはずの下男に支配されていました。私はようやく、世界が混乱に陥っていることを認識したのです。悪の力、暴力と搾取に世界を犯されてはならない。私にとって、世界は彼女でした。

彼女との出逢いは私の旅の目的を見出してくれました。魔王ーー色黒のおっさんーーに対抗できる特別な剣を抜くために、私は幼気な少年時代を棄てうち、七年の時を越えさえしました。すべては彼女の幸福を願う一心でした。

少年期とは比べものにならない危険な目に遭い、生還する度に、彼女とそう長くはない時間を共にしました。逢瀬が重なるにつれ、私の胸には歓びと共に黒い澱のような感情が揺れ動くのがわかりました。世界を救済する姫と運命を共有している自分では、彼女と添い遂げることは出来ない。彼女を救いたいがために死に物狂いで闘っているはずなのに。

私はこの身に流れる前世の因果を呪いました。運命を呪いました。しかし、どうすることもできないのです。世界を、彼女を呪うなど、到底できません。私は結局、どこまでいってもつまはじき者でした。

重苦しい呪縛を受け入れる他ありませんでした。彼女はそんな私の本音を知ってか知らずか、変わらない態度で接してくれました。あの時の彼女のまま、変わらない私のまま、「ヨウセイクン」と呼んでくれました。

私は世界から愛されることを許されませんでした。けれど、世界を愛することは許されました。彼女が「ヨウセイクン」と私を呼んでくれたから。私を私のまま、世界は受け入れてくれました。だから私は、世界を世界のまま、残酷であろうとも受け入れることが、愛することができるのです。



いかがだったでしょうか。出典元は『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のマロンですね。

子供心に、彼女に逢いに行くと(というかただ周りをウロウロしてるだけ)何か後ろめたい気持ちになっていたんですが、それを明文化するとこうなるんですね。幼い私は「これが現地妻ってやつか」などと考えていましたが…怖っ。それだけ『時オカ』が恐ろしいゲームだったのか、私ののめり込み方が異常だったのか。再度プレイして確認する元気もありません。

子供の頃の記憶なのでどうも時系列が曖昧で、他にも『ドラクエ5ビアンカ、『ハリーポッターハーマイオニーについて書こうかと思っていたのですが、マロン一人で力尽きました。ビタミン摂取どころかHPが削られたような気がします…。



長電話してますか…

映画、観てますか…

良いレコード聴いてますか…

スポーツしてますか…

誰かとケンカしてますか…

誰かと仲直りしていますか…

夜は眠れますか…

寝覚めは良いですか…

夢見てますか…

なにか悩んでますか…

かなしいですか…

今、苦しんでますか…

今、楽しいですか…


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世界の涯まで連れてって

南極物語』を観た。

輪るピングドラム』の元ネタの一つということで手に取った。1980年代の邦画を代表する大ヒット、文部省特選、といった言葉が並んでおり、「道徳的な作品なんだな」という先入観。

まず、冒頭のシーンでちょっと違和感があった。渡瀬恒彦演じる越智が犬に対して、「誰に食わせてもらってると思ってるんだ」みたいなことを言う。ムチを打っていたりもして、そこに関しては時代の違いかなと納得できるものの、なんだかこのセリフにはモヤモヤが残った。

で、なんやかんやあって犬たちが南極に取り残される。観測隊の人間たちは日本に帰り、高倉健演じる潮田は責任を問われ大学を辞職。犬の飼い主だった荻野目慶子演じる麻子に詰られるものの、よくわからん理由で許される。

この人間ドラマの展開もご都合主義的というか、良く言えば観客に解釈を委ねているともとれるのかもしれない。ただ、基本的にこの映画が自分と合わない原因のひとつがこの作風。ドキュメンタリータッチとされているが、登場人物に感情移入したいわけではないのだけど、麻子の心変わりには理解が出来なかった。叙事的に撮ることは出来たわけで、なぜこんな重要な役の内面を掘り下げなかったのか。

そして取り残された犬たちのシーン。とにかく悲惨な目に遭う。これがひどかった。おそらく足に麻酔を打ち、脚を引きずらせる。極寒の海に投げ出される。もしかしたら平温のプールに氷を置いていたりするのかなと思ったが、どうも実際の南極で撮影したらしい。どうしてここまでしたのだろう。

取り残された後の犬たちの実情はわかっていない。創作の余地があって、ドキュメンタリータッチとはいえ現実離れした撮り方が許されると思う。たとえば犬たちを横並びにしたロングショットを撮る。次に一匹の犬が水の中にいる。最初のロングショットに戻ると犬が一匹減っている。犬が溺れているように見えようが泳いでいるように見えようが、これだけで伝えることは出来ると思う。それをあたかも人間が演技するように犬に悲惨な目に遭わせる。悲惨な現実に晒された犬たちの話を、人間たちの映画撮影という現実で追体験させられる。これが想像、ひいては創造力のなすところであるとは言いたくない。むしろ想像を放棄しているのではないか。ドキュメンタリータッチという文句がただの言い訳にしか聞こえなかった。

想像力の欠如、人間のエゴ。それを炙り出す題材であるはずが、作品の構造自体が追随している。壮大な皮肉なのだろうか。そんなニヒリスティックな趣向の為に三年も費やしたのだろうか。そうは思いたくない。

輪るピングドラム』の幾原邦彦監督は、寺山修司に影響を受けている。寺山は世界の果てに、虚構をない交ぜにして連れて行こうとする。『少女革命ウテナ』でも描いているように、幾原監督も同じ意識で世界の果てと対峙している。南極は世界の果てだろうか。オウムの事件、『銀河鉄道の夜』、そして『南極物語』。おそらく主にこの三つの事象、作品を軸に『輪るピングドラム』の物語は作られている。オマージュではなくひとつの答えとして。

表現とは何なのか。大きな疑問符はまだ地平線の上に浮かんでいる。


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午後の網目

インターネットの網目から見つけた素敵たちの蒐集録。クラスのみんなにはないしょだよ。


☆あなんじゅぱす☆

☆性格良し子ちゃん☆

冷たい水の中をきみと歩いていく

北の国からFF7実況プレイ☆

☆パンダボアヌ物語☆

寺山修司 イソップ物語

☆猫学 Catlogy☆

☆耳鳴りKISS☆

☆キミの隣で、モラトリアム☆

☆C・See・シー☆

☆舞ワイフ☆


随時更新…?

まごころを君に

Twitterが怠くなってからこっち、ブログで適当に書き散らかしてるので、どうしてもリアルタイムな話題が多くなってしまう…。アニメ批評的な記事が続きますね。でも面白かったからしょうがないよね。書きます。

Persona 5 the Animetion 14話、めっちゃ良かったですね。

作画が良いってよく言いますが、あんまり作画の工程を知らんのでそのあたりは感覚でしかわかりません。枚数の多さとか。今回は演出の妙なのか、絵コンテが秀逸だったのか、どっちなんでしょうね。

とにかく丁寧だった印象。戦闘シーンが皆無だったので、基本的に動きのある回じゃなかったせいか、工夫が効いてましたね。カラオケでのシーンは一枚の画で持たせる感じで、全体的にロングの良さだったり、煽りや俯瞰の構図が『けいおん!』に通じてるところが多かった。更にレンレンが焦って返信しようとするカット。カメラも一緒に横に動いて彼の焦りがより強調されてた、ような?

三島が話しかけてくるところとか、マジでコイツこうやっていつも絡んでくるんだろうな、って感じでした。主人公の視点にカメラアイをバッチリ合わせてるからなのかもしれない。

ゲームだと強引だなぁ、と思ってしまった双葉関連の流れもアニメの方が自然でしたね。最後の佐倉家訪問はめっちゃ力入ってて笑った。

これで戦闘シーンも同じレベルでやってくれたらもっと良いんです、けど、ね…。原作がゲームとしての完成度が飛び抜けていたのでそれと比較するのは酷な話なんですが。贅沢なのかな。

治験のシーンは必要だったのかわかりませんが、武見先生一筋だったのでとても良かったです。とても良かったです。真がメインヒロイン?まぁ人それぞれだよね。

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See Me, Feel Me

4月から放送が始まっている『ゲゲゲの鬼太郎』、今更ながらめっちゃ面白いですね。現代への風刺が上手くて、白か黒かというよりグレーゾーンを攻めるのがたまらないです。15話も、容姿の美醜に人は囚われてしまうよね〜というどんでん返し的なオチでしたが、画一的な美少女で溢れ返る今の漫画、アニメに対してのメタ視点も読み取れてゾクっとしました。今回のネコ娘は原作と相当違いますし、作り手自身への戒めなんでしょうか。正しくサブカルチャー(=カウンターカルチャー)って感じ。


レコードだとメンバーがこっち見てるんですね。怖。

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